東京高等裁判所 昭和30年(う)1901号 判決
被告人 山下昭治
〔抄 録〕
弁護人の論旨第一点について。
所論は原判示第二事実につき同判示パチンコ遊戯場は被告人の実父山下平兵衛の経営にかかるもので、被告人の持ち去つた現金六百円は原判決が判示するように関口たいの所有にかかるものでなく、被告人の実父の所有に属するものであることを理由として原判決の事実誤認を主張するものである。よつて記録を調査し当審における証人山下平兵衛、同関口たいこと堰口たいの各供述を仔細に検討して見ると成程所論パチンコ遊戯場の営業名義人は原判示関口たいこと堰口たい名義になつておるが、本件犯行当時右パチンコ遊戯場の実質上の経営者は所論のとおり被告人の実父山下平兵衛であつて、右たいは経営者山下平兵衛の単なる使用人に過ぎないことが明らかであるが、一方右堰口たいは被告人の実父に雇われ原判示パチンコ遊戯場の店番として同店玉売場において玉売り及びこれが売上金の保管に当つていたものであり、被告人は原判示日時場所において右同女の制止するのを排し、その保管する売上金の一部現金六百円を持ち逃げしたものであることを認めることができる。して見ると被告人は右堰口たいの保管にかかる現金六百円を窃取したものとして窃盗罪に問擬されることは当然であり、この場合被告人の窃取した右現金が前記遊戯場の経営者たる被告人の実父山下平兵衛所有に属することは本件窃盗罪の成立に何等消長を及ぼすものではない。蓋し窃盗罪は他人の管理する財物を不正領得の意思をもつて自己の支配内に移すことによつて成立するものであり、その財物の所有者が何人であるかは敢て問うところではないからである。然り而して原判決摘示の判示第二事実とこれに対する挙示の関係各証拠を仔細に検討して見ると原判決の趣旨とするところは被告人が不正領得の意思をもつて現金六百円につき原判示関口たいこと堰口たいの所持を侵害したことに対し窃盗罪としてその刑事責任を追及するにあり而して右原判決の趣旨とする窃盗の事実は原判決挙示の関係各証拠を綜合すれば肯認するに足りるから、たとえ本件の現金六百円が所論のとおり関口たいこと堰口たいの所有でなく被告人の実父山下平兵衛の所有にかかるものであり、この点に関し原判決に事実誤認の廉ありとするも斯の如き誤認は前段説明の如く判決に何等影響を及ぼすものでなく、従つて原判決を破棄する事由とするに足りない。その他記録を精査するも原判決には事実誤認の過誤は存しないから論旨は理由がない。
註 本件破棄は量刑不当。